第9例
鈴◯某 36歳
生まれつき壮健。日露戦出征に際して明治39年、動脈瘤の疑いで除隊となった。しかしこれといった苦痛もなかった。大正元年11月ころから呼吸困難を感じ、翌年9月になって嚥下困難も発症し、米飯も白湯といっしょに飲みこまないと喉を通らないし、咳も激しい。そこで上京しX線検査で胸部動脈瘤であることを確認しワッセルマン氏反応もまた陽性だったので、駆梅毒療法受け、しばらくして帰郷、静養した。
現症。体格は大きく、胸部右側胸骨に接して掌くらいの大きさの濁音部があり、拍動して胸骨を押し上げ、オリバー氏徴候が著明で左側胸部全体に及んでいるのが聴こえる。少しの旅行でも呼吸困難および喘息をおこし、吸入および夜間はつねに氷嚢を心臓部にのせ、ほとんど安楽椅子で眠り、横にはなれない状態である。
治療。C7の打療を数日つづけたところ胸部の拍動および濁音はほとんど消失し、脈拍は常に90/一分間になっていたが、減って70にとどまった。胸部全体に爽快感がある。視力は拍動が強かったためにつねに動揺していたがこれは完全に消失し、しかも胸部におけるラ音も消散し、運動時の呼吸が早まる程度もたいへん少なくなった。治療1週間で退院し、その後の経過は不明である。
大正15年10月15日