第四 迷走神経の張力増減による疾患の治療法、一般
今ここに迷走神経亢進または減弱に起因すると考えられる疾患を列記し、その診断および治療法の一般を以下に示す。
一 糖尿病
本症の多数は迷走神経の張力減弱を示し、その亢進によって全治、または軽快するものが多く、したがって含水炭素の摂取量が増すようになってしまう。そしてもし疑わしいにもかかわらず検尿しても糖がでない場合には、患者のT3、4間を圧迫してみると糖がでることがある。糖尿病で肝臓が肥大している患者には打療法で効果がある。
二 甲状腺の疾患
甲状腺はさまざまな疾病と関係するものであり、甲状腺の分泌が減少すれば迷走神経の張力は亢進し、分泌が旺盛になればその張力は減弱する。
イ.甲状腺の分泌の過不足が原因の疾病は、甲状腺製剤を与えれば症候が増悪する場合と、軽快または全治する場合とがある。
ロ.つわり、子癇、月経にともなうテンカンなどは、甲状腺製剤をもちいて劇的に効果のあることがある。また小児の発育不全、早老、湿疹、その他さまざまな疾病は、甲状腺機能の変調によっておこしていることが多い。
ハ.バセドー氏病(甲状腺の腫脹は結締組織が増殖したものと、血管の増殖によるものと二種類ある。ここでとりあげているのは後者。)の治療法として、電気X光線、摘出などの方法があるけれども、非常に効果的なのはC7側の打療法である。
三 気管支喘息
この疾病はつねに迷走神経の亢進を伴うものであり、健康体のおいてもC7側の強い圧迫で30秒ないし2分間で迷走神経は亢進し、喘息に特有のラ音を聞くことになることがある。そして喘息患者または迷走神経が亢進している人はC7側の弱い圧迫でも短時間で発作を誘発することになる。
喘息発作時にT3、4間側の圧迫により迷走神経の張力を減弱させれば発作の勢いを削ぐことができ、一時的にラ音を消失させることもある。
肺結核においても迷走神経が亢進して気管支に痙攣をおこすものだから、喘息のような症候を呈することがある。このようなラ音はT3、4間側の圧迫で速やかに消散し、患者の呼吸困難は一掃される。
また発作的大動脈拡張が喘息のような症状を呈することがある。しかし迷走神経の張力は減弱させられてしまうので反対の治療法、つまり動脈瘤に対する治療法によってその症状は速やかに緩解する。
四 肺結核
結核の初期に肺尖の呼吸の異常を明らかに聴くことの出来ないときは、数分間その表皮のマッサージによって聴くことができるようになる。まさにこれにより迷走神経の張力が亢進するからである。なので数回頚筋の伸展法を行うことも同一の結果が得られる。
五 肺気腫
肺気腫の多くは迷走神経の張力が亢進する。ことに青年においてはそうである。治療法として張力の減弱を試みるわけだが、その減弱にともなって他の症候を誘発することがあるので注意を要する。
六 視力障害
ヒステリーまたは神経衰弱症にともなう弱視および眼精疲労は迷走神経に関係のあるもので、患者の健康状態により一進一退するものである。これらの視力障害は健康体においても言えることで、つまりT3、4間を圧迫すると弱視のようになり、C7を圧すると視力は鋭く、視野も広くなる。
眼精疲労は視力の疲労をおこしやすく、とくに人工光線による影響が著しい。しかし眼の上縁、前額および頭頂部の頭痛、神経痛、流涙、眼瞼の灼けるような感覚、近い物体の朦朧、このような症候は読書、筆記または裁縫などにあたって視力の疲労とともに起こり、ついで全身の栄養を害す。健康体においてこれを試みてみると、読書中にT3、4間側を圧迫して迷走神経の張力を減弱させるときは眼精疲労の状況を呈し、これに反して、C7側を圧迫し迷走神経の張力を亢進させてみると、さきに朦朧とした現象はたちまち鮮明となって視力が回復する。しかしそうは言ってもこの方法は近視、遠視、および乱視にはまったく変化なく、また5%のコカイン液を点眼してみるとその反射機能は消失する。
これらの実験は治療上すこぶる興味深いことで、かつて数年間弱視または眼精疲労に苦しみ、眼鏡のためちっとも回復しなかった患者に、ていねいに数回の迷走神経亢進法、つまりC7側の打療または正弦波電流を施してみると意外な効果を得ることがある。
七 聴覚
聴力は時計のチック音によってテストしてみると、迷走神経亢進または減弱によって、あるいは遠く、あるいは近く聞こえる。すなわちC7側の圧迫または叩打によって聴力鋭敏となり、T3、4間を圧迫または叩打は逆になる。
神経衰弱またはヒステリーにおける聴力障害はこれによって診断し、治療することができる。
八 臭覚または味覚
同じような方法で変化するものである。
◯迷走神経張力の減弱を示す疾病
1、大動脈拡張
2、動脈瘤
3、甲状腺分泌過多症
4、疫咳
◯迷走神経張力の亢進を示す疾病
1、気管支喘息
2、肺気腫
3、結核
4、胃および腸のニューローシス(神経症)
◯迷走神経張力測定法(トノメトリー)
迷走神経の張力を数学的に計測するにはトノメトリーがある。脊椎圧迫器に圧迫計を取り付けたものである。ためしに心臓において試験してみると、心筋の強健なものはC7においては10kgの圧を加えても脈拍を歇止することは出来ない。これに反して迷走神経張力減弱を示すバセドー氏病などは3ないし5kgですでに脈拍が触れなくなる。しかし病症が回復するときは圧を増加するのでなければ脈拍は歇止しないようになる。肺の下縁の下降はC7側において最小限度、つまり4kgの圧を加えなければ確認することは難しいが、迷走神経張力の亢進した喘息では、わずかに1kgの圧で下降することがよくある。
迷走内臓の検査法(ヴゴヴスセラルメソッド)
この方法は迷走神経の張力を亢進させて、これを内臓の診断、つまり視診、触診、および打診に応用する検査法である。C7両側の圧迫または頚筋伸展で迷走神経の張力を亢進させるときは、その支配を受ける臓器はことごとく張力強盛となる。したがって打診上、境域が明瞭となる。ことに心臓および胃の打診上の変化は顕著である。
ヒステリーにおいては迷走神経の張力は、多くは減弱するものであり、一つの臓器に減弱をみることもあるし、迷走神経に関係のあるすべての臓器にみることもある。このような現象はアドレナリンの注射で一時的に現出させることもできるし、反対にピロカルピンの注射で頓挫させることもできる。圧迫法でも同じように頓挫または緩解させることが可能である。
ヒステリー性麻痺は圧迫法により一瞬で消失した実例が多数ある。だからこれは診断の一助となる。