臨床例 「三叉神経痛および痙攣」
大正4年2月 橋◯ 某女 37歳
この患者は生まれつき健康。三男一女を産み、一回の早産を経験している。にもかかわらず3年前、上顎洞の蓄膿症にかかり、手術をうけたけれども完治せず今日に至る。現在、口腔に瘻口が残っている。
現病歴としては去年1月より三叉神経痛の発作がある。それに加えて顔面、頚部、および上肢まで患側の痙攣を伴い、非常に強烈で、患者は悲鳴をあげて室内を転げ回る。はじめは医師を迎えて鎮静剤の注射をうけたのだけれども、発作が頻繁であるためついに家族や本人がこの注射をうつようにまでなっていた。ひどいときは1日に7、8回の発作があった。次に、病院に入ってX線治療を受けてやや軽快に向かう。だがその後の妊娠によって増悪し、胎動があるたびに痙攣が起こりおさまらず、人工早産を施して小康し、治療を受けるために上京したという。上京して発作は激しさを増し、そのつどヘロイン注射をうけ、一時の緩解に病苦を癒す。しかしその翌日は激甚な発作とともに視力を完全に失う。わたしがたまたま往診してC7を圧迫したところたちまち視力が戻り周囲の人を認識できるほどに回復した。とはいえ痙攣発作はこの施術によりその度合いを増すようであった。
翌日入院、依然症候は認められる。数日を経て発作時に全身左側の痙攣とともに声門の痙攣をともない、呼吸停止して窒息状態となり、意識消失、瞳孔散大した。ヘロイン注射、抱水クロラール、臭化カリウムなどの浣腸をおこなって、わずかに数時間の睡眠を与えられるのみ。食欲はさらになく、諸々の症状は増悪、鎮痙剤の使用もその限度に達し、なんら施すべきすべが見当たらないところまでにいたった。
さて、痙攣時に圧迫器をもってT3、4間の両側に圧迫を試みてみると、数秒で手筋の痙攣がまず弛緩をはじめ、おおよそ15秒もせずに鎮静し、意識が回復した。
以来、発作のたびにこれを反復し、またヘロインおよび鎮静剤を用いなくてもよいほどになった。この時点で患者の視力はC7およびT3、4間圧迫によって、自由に左右することができた。すなわち視力消失したときはC7の圧迫によりたちまち回復し、T3、4間圧迫により視力いちじるしく減弱する。
それからはヘロイン注射の中止のために幻覚をおこし、特異な中毒症状を呈した。なので少量のヘロインを内服させ、次第に減量していって治した。痙攣の発作なくなって2週間、栄養状態も日増しに回復し、生き返った思いで退院した。
◯神経痛および痙攣は上顎洞蓄膿症が全治しない間は再発しないとは保証でき難いが、圧迫によって痙攣を鎮静してヘロイン注射をしないで済むようになったことは特記すべき価値がある。