1、肺の拡張反射
肺の拡張反射は間接的に迷走神経の興奮によって現れるものである。モスクスキーがエーテルを脾部に噴霧し、著しい脾臓の収縮がみられたという実験は、肺の拡張反射によってその下縁が下垂して脾臓を被覆してしまい、濁音部が収縮してしまったからに他ならない。だから同じ試験を心臓部に試してみると、打診上、心臓濁音部はただちに減縮、あるいはまったく消失してしまうことさえある。肝臓部において実験しても、その濁音界が減少することが確認できる。なお肺の下端にエーテル噴霧を試してみると、2インチから3インチの下垂がみられる。しかし単純な深い吸気によっては絶対にこのような下垂をみることはありえない。皮膚上における刺激は器械的、科学的または電気、いずれにおいても常に肺の急激な拡張をきたすことが証明されており、また肺気腫においても皮膚の刺激によって顕著に拡張をおこす。
一、皮膚の刺激による肺拡張反射
皮膚に加える刺激は冷水摩擦、または電気、いずれにしても肺の拡張はただちに現れ、数分間持続する。その反射現象は刺激した物質およびその強度に比例するものである。
肺の拡張は次の方法によって証明できる。
(イ)呼吸による肺の下端の変動は少ない。
(ロ)打診によって清音部は拡張し、心臓および脾臓の濁音部は減少する。
(ハ)呼吸音の高調。
(二)心尖の拍動は微弱となる。
(注意)右反射現象は数分間で消失するものであり、肺の打診は迅速におこなわれなければならない。
肺の拡張反射は皮膚の刺激をうけた局部から周囲に波及して拡大するものである。これにX線を照射してみると、そこからしだいに周囲が鮮明となり、肺の各所を刺激すると、最終的には肺全体が鮮明となり、その拡張した状況を示す。しかし普通は3分間を超えずにもとの状態にもどる。
皮膚刺激による肺の拡張反射で下縁が下垂する程度を以下に示す。
右胸骨線 3、1/4cm
右副胸骨線 3、1/4cm
右乳線 4cm
右腋下線 6cm
二、鼻粘膜刺激による肺の拡張反射
鼻粘膜を刺激に刺激すると肺に拡張反射をおこす。これを喚起させるには左右の鼻腔内に綿花を深く挿入する。そうすると数分間で打診上高調となり、肺の境界線は移動が少ない。したがって肝臓および心臓の濁音界は減縮する。しかしコカインであらかじめ鼻粘膜を麻痺させておくと、もしくは片側の鼻腔のみの刺激ではこのような現象は起きない。
鼻腔の障碍によって肺気腫をきたすことがある。このような反射的に肺胞が拡張したものは、その原因を除去することによってすみやかに治る。だからこのような場合には鼻粘膜にコカインを塗布して麻痺させてしまえば肺の下縁が上昇して普通の清音に戻る。
鼻性喘息においてはその間歇時に片側または両側の鼻腔に綿花を挿入すれば、その発作をおこさせることができる。
三、脊椎の刺激による肺の拡張反射
T3〜T8の棘突起上に打療を施すと、両肺の急激な拡張をきたす。
(附言)肺の急性拡張は迷走神経の末梢をどこでも間接的に刺激するとおこすものである。たとえば、三叉神経の末端、または肺に近い胸部の知覚神経を刺激すると同じ現象がみられる。